救急車の音がしたら

え、もしかしてうちか?と、救急車を

目で追っていたけれど

もうそれもすることは無くなるだろう。

 

仕事場から帰宅するとき、家の近くに病院が四件はあるの。

だもんで、救急車が何処から出てきたか

目で追ってしまうクセが知らぬうちに付いてた

 

か、スマホに着信は入ってないよな?って、

スマホを確認してたりした。

で、帰って本人達がいたらホッとして

自室に上がって落ち着かせてた。

 

今回、残念だけど、私には何も出来ない。

送り出してあげるだけが精一杯。

送り出しが出来たから良かったよ。

最低限度の人数だったけど

近くまで顔を見てもらえて良かったと思ってる

 

コロナ禍になってしまったら

送り出しも、近寄ることも出来ないもの

寂しいけど、顔を見せれて良かったよ。

 

今回来れなかった方には

私は上半身だけだけど、警察署で母が葬儀社の安置所へ向かう前に写真を撮らせてもらったの

それを長崎の親戚に送ってもらって

最後の挨拶をしてもらったの。

LINEもしてもらえたから

何かあっては怖いけど、連絡先にしたよ。

 

今も母は私のすまほの写真の場所で眠ってます

でも、昨日、上に上がっていったと思う。

あんまり生きている私たちが思いすぎると

上に行きにくいそうだから、気をつけてねとだけ言っておきました。

 

今はツラいけど、前を見なきゃいけないね

いつまで健康体でいれるか分からないけど

いつまで生きられるか分からないけど

足先ばかり見ていても、悲しいことばかり浮かんでくる。

顔を上げて前を見て毎日を進まなきゃね

心に、目の前にまだ、母がいる感覚が有るけど

母は母、私はワタシ、と、思うことで

少しは別の見方が出来る、そうしないとツラい

 

落ち込んでばかりじゃ、何も手に付かない状態まで落ち込むかも。

こればっかりは気持ちを切り替えよう。

逝く人は留められないのだから